← 夜の美術館で人気作品を独り占め!東京都美術館プレミアムナイト「プーシキン美術館展–旅するフランス風景画」に行ってきた(1)
第3章 大都市パリの風景画
1Fへ上がると第3章が始まる。ガラッと雰囲気が変わるように思えるのは、1800年代半ば、パリがまさしくナポレオン3世と当時の県知事オスマンによって大々的な街並み改造を行っていたころの絵画が並ぶからである。
パリを訪れたことのある人なら、凱旋門を中心に放射状に延びる大通りを屋上から見たことがあるかもしれないが、今も色濃く残るパリの街並みはこのオスマン計画によって作られたものだ。
まず私たちを出迎えてくれるのは、ピエール=オーギュスト・ルノワール《庭にて、ムーラン・ド・ラ・ギャレットの木陰》。有名な《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会》の下準備として描かれたそうだ。生い茂る木々とやわらかな木漏れ日は、パリを離れピクニックに出かけているようにも見えるが、この絵の風景も、パリ、モンマルトルの風景画だ。
タイトルのムーラン・ド・ラ・ギャレットはご存知の方も多いだろうが、昔この場所には田園風景が広がり、今やトレードマークとしてのみ残る風車は、小麦を製粉するための大事な働き手として用いられていた。そして、この風車小屋を民衆のダンスホールとして改造したことも都市計画の一環であったのだ。できたばかりのムーラン・ド・ラ・ギャレットから、少し離れた木陰で談笑する男女はこれから始まる“華やかなりしパリ”の一端を匂わせる。
エドゥアール=レオン・コルテス《夜のパリ》
ピエール・カリエ=ベル―ズ《パリのピガール広場》
ジャン=フランソワ・ラファエリ《サン=ミシェル大通り》
1870年の普仏戦争の勃発に続き、1871年パリ・コミューンによって失われた命・疲弊した街が、この都市計画によって復興していき、近代化の象徴のようにガス灯が点り始める…。最近はあまり耳にすることもなくなったが、”灰色の街”と揶揄されていたパリが近代都市の象徴である”花の都”へと転換していく時代を実際に生きた人々が描くパリの風景画は、どれも温度がある。石畳が雨を打つ冷たさ、吐く息が凍える灰色の空、はたまた晴れの日の陽光と木漏れ日、笑い声が漏れてきそうな温かい光が零れる夜の街、何気ない日の街並み…。
3章の絵は、まるでタイムスリップをして、この時代のパリを実際に歩いているかのような距離の近さが心地よかった。
途中には、1900年に発行されたパリの地図も飾られており、展示されている絵の位置関係を把握できるようになっている。この工夫も展示をより興味深いものにしていると感じた。
4章、5章も地図を辿りながら鑑賞できる演出が続くので、気に入った絵があれば、各章の地図で場所をチェックしてみるとより今回の”旅”というコンセプトを満喫できると思う。
第4章 パリ近郊――身近な自然へのまなざし
今回の展示の看板作品・モネの《草上の昼食》が飾られるエリア。パリから少し足を延ばすと、画家たちは自然豊かな場所で、明るい色彩の絵を制作した。モネやシスレー、カミーユ・ピサロ、セザンヌなど、代表的な印象派の絵が鑑賞できるので、混雑を避けてどこからみようか、と悩む人はここから見ていってもいいかもしれない。
モネの作品《陽だまりのライラック》は4年前に開かれたプーシキン展でも目にしたが、その時の印象と変わらず、とても幸せな気持ちになれる絵だった。
途中にはドビュッシーの《月の光》をBGMに、モネの《草上の昼食》と《白いスイレン》を光がきらめくアニメーションにした部屋もある。マイナスイオンが溢れ出ている(ような気がする)。
とにかく分かりやすく、心にストレートに響く綺麗な作品が多いエリアである。
第5章 南へ――新たな光と風景
アンドレ・ドラン《港に並ぶヨット》
ロケーションは、フランスの南へと移動する。より鮮やかな色彩が、目を喜ばせるこの章は、セザンヌやピエール・ボナール、アンドレ・ドランなど印象派からナビ派、野獣派(フォーヴィスム)へ、南仏の風景を主題にしながらも、時代の異なる画家の絵が並び、それぞれの筆致や色の置き方に目を奪われているとあっという間に過ぎ去ってしまうので、筆者は何回か行ったり来たりした。
第6章 海を渡って / 想像の世界
とうとうこの旅もクライマックスである。フランスを渡り、やがては画家の想像の世界へと旅は続いていく。
それぞれの絵を引き立てる色の壁紙に一枚ずつ配置された最後の空間は点数は僅かながらも、どの章の見応えにも劣らない濃厚な時間を過ごすことができる。特にプレミアムナイトでは、このエリアをたった一人で時間をかけて楽しむことができた。筆舌しがたい幸福な時間であった。
モネの《草上の昼食》とともにちらしに選ばれたアンリ・ルソーの《馬を襲うジャガー》。南国の草木が生い茂るデフォルメされた風景画を数多く残すルソーだが、「植物園の温室より遠くへ旅行したことはない」という驚くべき発言を残している。まさに”想像力の旅”が彼に描かせた風景たちは、それでも私たちの胸をつかんで離さず、どこか遠い世界へと運んでくれる。
モーリス・ドニ 《ポリュフェモス》。20世紀初頭のビーチとギリシア神話の「ポリュフェモス」が交じり合った絵である。ぱっと見た限りでは、開放的で和やかな印象を受けるが、これから待ち受ける悲劇を暗示するかのような暗雲がどこか不安な気持ちにさせる。
ポリュフェモスの絵で思い出したのが、同じ話を主題にしたオディロン・ルドンの《キュクロプス》だ。ややこしいが、キュクロプスは一つ目の巨人の種族の名前で、ポリュフェモスはキュクロプスに属する個体の名前である。
ドニの絵では、ポリュフェモスは岩に腰を掛け背を向けているため一つ目は見えない。愛しい人を思って葦の笛を吹いたというエピソードが頭にないと、よもやただ腰を掛けて黄昏れているような全裸のおじさんでしかない。一つ目という要素がない分、余計にルドンのようなファンタジー要素は感じられず、同じ主題でも描く人が違ければこうも違う印象を受けるのだなと、とても面白く思った。
最後のお楽しみ!プーシキン美術館展の物販コーナーへ
旅の締めくくりに欠かせないのがお土産選びだ。プーシキン展はグッズも充実しており、展示作品がデザインされたグッズはもちろん、アウトドアグッズ(!)、ロシアの雑貨、日比谷花壇とコラボした限定のブリザーブドフラワーまで、フランスを旅して高揚した物欲をくすぐるものばかり。
中でも、旅のアルバム代わりともいえる公式図録(¥2,300- 税込)はぜひGETしたい。帯は4種類から選べるので好きなものをチョイスしよう。4種類ともほしい!という方は+200円で全種類の帯がついてくるセットもある。ちなみに筆者はこのセットを購入した。後悔はしていないが保管方法に頭を悩ませている。
また、「旅する画家」シリーズと題された、展示作品の風景画家11人のイラストがキュートなトートバッグやTシャツも、可愛すぎて危うく買いそうになってしまった。
プレミアムナイト限定!ヴーヴ・クリコの試飲会へ
至福の鑑賞タイムを終えた後は、2Fにあるレストラン、ミュゼでヴーヴ・クリコの試飲会に参加。日本語の堪能なブランド・アンバサダーの方の解説を聞きながら、軽食をつまみつつヴーヴ・クリコのローズ・ラベルを楽しんだ。
(ヴーヴ・クリコについて、本当はもっと書きたいのだが、勉強不足&資料不足のため、また後日書く予定でいる)
オズ・モールのトレンド体験でこのプレミアムナイトに当選した人は20代の女性ばかりだったが、他の鑑賞者の方はやはり30代~の落ち着いた雰囲気の方が多い印象。行きたい展示は事前にチェックする癖をつけて、またこういう催しがあれば参加したいと思わせる時間だった。貴重な体験を提供していただいたオズ・モール編集部の皆さん、東京都美術館スタッフの皆さんには本当に感謝である。
プーシキン美術館展―旅するフランス風景画は7/8まで
ぜひこの機会に足を運んでみてほしい。